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イタリア ボローニャ便り 9便 
            セコンドピアット 肉食獣の肉 その2

 

   

 フィレンツェ旧市街、アルノ川に位置するそのお店は田舎料理の老舗です。
 若い娘さんもオジさんも、年配の娘さんも肉の塊と格闘している風景は、まさに
 アフリカのサバンナの壮大さでした。それではナニがちがうの?となる訳ですが。
 味と香りは、確かに全般的に牛肉のそれです。焼きすぎはダメですが、肉汁も
 タップリあります。特にヒレ肉の近くに位置する骨のあたりはヒラメの縁側、アンコウ
 の軒下にも匹敵します。お店によってはビーフステーキに、ビスマルク風とか
 ロペスピエール風としゃれて書いてあります。

 

 ロペスピエールは、フランス革命当時、あまたの政敵を断頭台に送り込み、自身も
 処刑されてしまった血生臭い恐怖政治の主役。
 かたや宰相ビスマルク、ドイツ帝国は鉄と血で作られると言ってはばからなかった。
 つまり焼き方とカットの暗喩に使っている訳です。やはりここは民族の血統の内に潜む
 DNAなのでしょうか。
 大陸の狩猟民族が、「取った、取られた、ヤッタ!ヤラレタ?」を繰り返していけば、
 このようなしゃれは、お遊びと昇華されてしまうのでしょうか。
 このようなユーモアは、日本の料理屋で果たして通じるのか疑問です。
 例えばどじょう屋の「三寸どじょうの五右衛門風」とか、割烹料理屋で「鯛の獄門造り」
 はウケません。しかし面白いことにアレだけユーモアのある彼らが「白魚の踊り食い」は
 ウケませんでした。この辺り、幸いにも寿司・生魚文化の本質的なところは理解されて
 いないなとよみました。

 

 とりあえず目の前で骨付き肉の塊と格闘しているモニカちゃんやジーナさんは、広大な
 サバンナで草上の食卓を供宴しているのです。
 その歴史の中で育った彼女と、この後どうなるだろうか?なんて心配してはいけません。
 雌ライオンの狩ってきた獲物をゆったりと、ただ食べるのが雄の仕事なのです。
 その後のことを想像すればもちろん、胃にもたれない肉の方が得策です。
 ステーキをとっても、これだけ根本的な違いが出てくる食文化の違いが、開眼させて
 くれました。
 あの時レストランで見た光景は、モノの考え方、捉え方、感じ方に影響してきたと想像
 します。
 若かった私の歯と胃腸、それと、若い感性が教示してくれたのかも知れません。
 それに呼応するような観察が、材質比較の特性に現れています。
 巨匠レンブラントの描くヨーロッパ人の皮膚の質感は、油絵の具で表現しうる感触ですが
 青磁器の透き通った肌触りは、やはり極東洋の感覚です。
 石作りの家屋に対し木造、キャンバスに対して紙、肉に対して魚、その他色々、もちろん
 人種の違いもありますが、持ち味を活かした表現が、文化の基礎にあるのではないかと思
 い始めたのは、こちらにきて2年未満の頃だったと記憶しています。