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イタリア ボローニャ便り 7便 プリモピアット ミネストローネ

 

 ミネストローネは、イタリア料理では全国的な家庭料理です。
 風邪などの病気をした時、常につき物のマンマの味。レストランでは意識して本場
「トスカーナ風」とメニューを揚げています。ミネストローネに限りどこで食べても
 代わり映えがしなかったように思います。しかし特別のミネストローネを食べたの
 は、シエナ(*1)での思い出です。
 この街は中世の昔からのカソリック大本山サンピエトロ寺院を目指し、全ヨーロッパ
 から南下して来たローマ巡礼の通り道でした。そこには医療救済所もあり、ローマを
 後一息に控えた巡礼者達のオアシスだったようです。

 20年前の話になります。旅も長く続くと、巡礼者のように病難に遭います。
 全くの幸運にも?シエナ大学医学部神経眼科、故レナート・フレゾッティー学部長
 教授のご好意のお陰で、緊急入院ができました。それもとびっきりの特別室です。
 異色の患者への学術的な興味?いや、私はキリスト教博愛主義と解釈しています
 が、実際はイタリア警察規格の鉄格子付き囚人用の特別室でした。
 なるほど、よほどの事の無い限り、この特別室が空いていた訳です。
 個室トイレ付き、窓の向こうは牧歌的な丘陵地帯が広がっています。
 事情を知らないイタリア人入院患者さん達は、外国人囚人を好奇心の
 眼で見ていたに違いありません。

 人生の喜劇と悲劇は、常に背中合わせにあるのでしょうか。
 イタリア人の良き友は、辛い時ほど深刻になりすぎないように振る舞え、
 と教えてくれました。あまりマジメに悩んでいてはそれ以上に落ち込むだけ、
 というように解釈しています。私もこの時程のピンチに立たされたことは過去
 ありませんでしたが、鉄格子での入院生活は魔法を掛けたような状況を
 演出してくれました。自分でもかなりその状況を楽しんでいたように思います。
 トスカーナ訛りの強烈な看護師さん達とは直ぐに仲良くなり、病院の食事さえ
 楽しめました。この入院期間中毎週メニューが、ミネストローネでした。
 本場トスハーナのアート(*2)で食べられる幸福と、当時最高と賞賛された
 名医による治療、特別室での入院、完全保険制度により無料に近い有料。
 こんなことが起きるのも、自分の運命と思えば幸せな気分にもなろうというものです。

 さてこのミネストローネ、消化が良くて栄養のバランスが取れている。
 正に病院メニューの花形とも言えるものです。
 それを本場の、しかも病院のベッドの上で、トスカーナ訛りの純朴な看護師さんに
 食べさせてもらえる幸運?こんな状況は作ってできるようなものではありません。
 まさにミネストローネの根源はここに極まっています。
 そこにまたイタリア人の友の言葉が蘇ってきました。
 お味の方は、コジィ、コジィ(*3)。私、個人レベルの日本語、かつ山陽道に面した
 三原的風土をベースにして訳すと「野菜と穀物の煮込みトマト風味のお汁」となります。
 育った環境からDNAにインプットされた味は、遠い過去の思い出を、何かのきっかけで
 一気に遡らせてくれます。
 向学心旺盛なDott.Yano先生に、「カノオはん、イタリアの医療事情はいかがですか」と
 問われた時は言葉に詰まりながらも、「いやー!大変でした」と一言では言えないものが
 胸に込み上げました。それはあのハートの中のハート、シエナのミネストローネの味で
 はないかと思います。


(*1)トスカーナ州シエナ県の県庁所在地。13世紀中葉から14世紀に掛け繁栄、フィ
    レンツェと覇権を争い破れる。美術13世紀全盛の国際ゴシック様式の中心地。
    シモーネ・マルティーニの傑作があり旧市内全体が世界遺産に指定されています。
(*2)イタリア語でHの付くハヒフへホの発音はしませんが、トスカーナ方言では発音
    します。英語のハート(心臓)のHeは発音しませんからアート(芸術)になる駄洒落。
    友人のハルキ君はアルキ君となりますが、トスカーナ方言では、日本語通りに
    発音してくれるので、春樹くんも安心していたそうです。
(*3)Cosi cosi(こんな風に)という意味ですが、二回続けると"まあまあ"という意味
   になります。