HOME » Blog

イタリア ボローニャ便り 18便
         セコンドピアット 野菜サラダ

 

 
 

 

 

 今回は、軽い野菜料理に入ります。
 イタリアのレストランで、セコンドピアットを無事食べ終えた時点で、既に1時間以上は
 経過していると思います。
 イタリアのサラダは、生野菜にかけるドレッシング(*1)の簡素さに驚かされます。
 塩、ワイン酢、オリーブオイル、まさにこれだけで生野菜を美味しくしてくれます。
 水切りした新鮮な野菜に、塩、酢を食べる直前に順番に入れ、最後にエクストラ・
 バージンのオリーブオイルを入れて良く和えます。
 この順番が大切です。なぜでしょう?
 分かる方はこの先を読んでも共感パーセンテージが上がるのではないかと思います。
 簡単な味付けですが、素材の持ち味を120パーセント引き立てなければなりません。
 この辺りは、日本料理に共通するものがあるように思います。
 新鮮な食材に恵まれていた民族の考えた調理法ともいえます。

 さて前置きが長くなりましたが、日本ではあまり喜ばれない味がここではしっかり
 市民権を確立しています。
 それは「苦み」。
 今後、食後酒の話でも触れたいと思いますが、アマーロ・苦い消化促進酒があります。
 イタリアン・エスプレッソコーヒーは苦い代表で有名です。
 いくらコーヒー通を装っている人でも、ノーシュガー&ミルクでは少しつらいかも
 しれません。

 今回のテーマである野菜料理には、欠かせないのが野菜の持つ苦味といえます。
 まさにイタリア料理に登場する野菜は、苦味のオンパレードです。
 おなじみのルッコラ、各種ラディキッオ、ベルガ、ラパネッロ、などなど。
 これは私の感じたことに過ぎませんが、野菜の持つ甘みを引き立てるのは苦味と
 思います。
 苦味と野菜の甘み、そして独特の新鮮な香りと歯ごたえの案配でサラダを味わうと、
 複雑なドレッシングは必要ありません。

 イタリア・ネオリアリズムの名作映画「甘い生活」で描いた60年代の奔放なローマの
 生活は、題名とは裏腹に現実の苦味が強調されていたのではないでしょうか。
 確かにあの時の、マルチェッロ・マストロヤンニは、甘いマスクの裏に現実味を
 秘めていました。
 60年代のイタリアのセックスシンボル、アニタ・エクバーグは現在、車いすの生活を
 送っていると最近の報道で聞きました。
 この環境で過していた人達には、よく見られるそうです。
 つまり現実と芸能界との折り合いが付けられず、老境を迎えた人達に見られるようです。
 こんなことを書いては、また日本の友人から「最近の若い人達はそんな俳優さんの名前
 なんか知りませんよ」と嗜められそうです。

 私など甘いだけの生活は、かなり遠くの過去に置いてきたように思えてきました。
 イタリアでの生活になれてきてしまったのか! 
 それとも苦い大人の味が分かってきたのか? 
 最近自身を疑っています。

 (*1)ドレッシングは英語で料理の場合、”下ごしらえ”を意味し、特にサラダにかける
    ソースを意味しています。イタリア語では、Condimento(コンディメント)。
    調味とか味を整えることの意。両者の間には微妙な差があります。