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イタリア ボローニャ便り 12便 
          私の創作セコンド備考 嫁と雌牛は・・・!

 

 

 

 イタリアには、「嫁と雌牛は、我が村からもらえ」という格言があります。
 あながち間違った考え方ではないと思います。(いくつかの例外を除いては…。)
 「嫁と雌牛」と並べて書いたのは、別段、女性蔑視の意味から書いた訳ではありません。
 ここでは一つの文化、習慣のような物と考えて頂ければと思います。
 

 

 先駆者として登場するのは、偉大な旅行家で、ベニスの貿易商人マルコ・ポーロ。
 彼は著作「東方見聞録」内で、中国では生姜が非常に容易に安価で手に入ると、
 中国各地の風物紹介で繰り返し述べています。乾燥生姜は既にヨーロッパでは
 知られていましたが、余りにも高価でした。この東洋の各種香辛料の輸入によって、
 ベニスも繁栄します。
 ちなみにトマトもアメリカ大陸発見後、ヨーロッパに移植されています。
 マルコ・ポーロは南回りの海路で帰国していますが、研究者である私の友人が最近した
 発表では、そのとき彼は中国人の妻を同伴していたそうです。

 

 どうもスパゲッティの元祖は、中国であるというのが定説になっています。
 彼女が中華麺を伝えたのかは不明です。今ではナポリ周辺のパスタ原理主義者を除いて、
 イタリア大半の意見もスパゲッティ中国渡来説に傾いています。
 もし妻の彼女が、中華麺(スパゲッティ)をイタリア人に直伝した人物ならば、先の格言
 には大きな誤算が生じてきます。
 人の知恵も及ばない大いなる歴史が生んだ、偉大な創作と言うべきかも知れません。
 創作とは、あらゆる純粋な欲求が個人的な必然に作用して生み出される、稀なるソレと
 言えるかも知れません。
 この一期一会には個人差もあり、色々な状況も設定されます。
 マルコ・ポーロ氏の妻は、遠い異国でカルチャーショックのトラウマの中で、後世に残る
 スパゲッティの母体となったのではないでしょうか。

 例その1として、夏のセコンドピアット、私の冷や奴があげられます。
 イタリア初めての夏、8月に入り商店はほとんどバカンス休業。
 当時どこの商店やパン屋が開いているのか、正確な情報がつかめていませんでした。
 その幸運なスーパーマーケットで、食べられそうな物を物色していたところ、チーズの
 コーナーで、とても豆腐に似た一品を見つけました。形こそ違いますが、パッケージ
 色はイタリア版豆腐という感じです。この肌を焦がす熱風に翻弄されては、冷奴と
 聞いただけでも無防備になります。この豆腐モドキ、ナポリの名物モッツァレッラ
 (水牛のミルクから作ったフレッシュチーズ)でした。
 閑散とした店内、バカンスに行きたくて仕事のことは全く頭にないオヤジがいました。
 「セニョール、これは何ゾヤ?おいしいカヤ?」とお伺いをたてたのが間違いでした。
 暇を持て余している彼は、おらが村さこの類のチーズはウマイ!までは分かりましたが、
 その後は解読不可能な南イタリア訛りで、マンマがどうのとか、姪が香港に行ったことが
 ある、お前もそこで生まれたのか、と始まりました。私はおじいちゃんまできたら大変、
 と丁寧にお礼を言って2つ購入しました。イタリアに豆腐があるとは聞いていません
 でしたが、豆腐は植物性のチーズです。これはイケソウダゾと期待が芽生えていました。

 

 学生寮に買い物袋を持ち帰り、さて何かすぐに食べられる物はと探す間もなく、
 アノ豆腐が目に留まりました。
 冷えたところをやんわりと一口。味も淡白で主張は控えめ京風懐石。
 質感は豆腐とカマボコ系の中間あたりでしょうか、口当たりはミルク味のお豆腐。
 少し塩っぽい牛乳の個体状を食べている感じです。
 余りに淡白で純粋無垢、あまり食は進まず、そこで旅行鞄の中から取り出したのが、
 ドイツ製キッコーマンの小瓶。いかにもドイツでウケそうな名前の響きです。
 トーマスマン、アイヒマン、ボルマン、シュリーマン…。
 この醤油は、旧日商岩井のミラノ駐在員から頂きました。醤油に少し浸してみると、
 改善は見えましたが、何か足りません。その必然的な出合いが訪れるのは数年後でした。
 そうです、冷や奴にはおろし生姜なのです。モッツアレッラには生姜、海苔、アサツキ、
 カツオ節何でもアリなのでした。

 

 モッツァレッラチーズの一番シンプルな食べ方に、カプレーゼがあります。
 モッツアレッラチーズに、新鮮な太陽光で熟したトマト、匂い立つようなバジリコの
 葉っぱのみじん切り。エクストラバージンのオリーブオイルと好みの量の塩。
 バルサミコ酢を少し入れても良いでしょう。これはコチラ風の食べ方。
 バジリコは豆腐にも合います。トマトと醤油の入れ替わりで、視野が広がるのです。

 

 大姉諸兄!固定概念は捨てなくてはなりません。それなくして新たな発見はありません。
 反論もあるかとは思います。
 私の場合は、大いなる幻想の生んだ、必然の創作と呼んでも良いかと思われます。
 全てにおいて偶然は存在しないのです。
 偶然を見いださす目は、必然的に養われているのです。